悪魔の吐きだめ

映画とかドラマとかのことを書いてます。

シングルマザーの奮闘に人生を見る「ベター・シングス」

年に何本もドラマを観ていると、その時は面白いなぁと思いながら、終わってしまえば記憶にあまり残らないような作品も多かったりする。
実際そういった即物的な楽しさこそTVドラマの良さでもあるから、一概にそれが良い悪いという訳ではないけれど、やっぱり心に残ることなく終わってしまうと少し寂しい気もする。
そんなドラマが多くある中で、「ベター・シングス」は観終えた後も、心に楔を打たれたような深い余韻を残すドラマシリーズだった。

「ベター・シングス」は、2016年にスタートしたアメリカのコメディドラマで、2022年にファイナルシーズンとなるシーズン5を以って終了した。日本では現在Disney+(ディズニープラス)で配信されている。
物語はサムというシングルマザーと反抗期の娘3人、そして向かいの家に住むお節介な母親との日常が描かれる。
この“日常”というのが、本当に些細な出来事ばかりで、別れた旦那がムカつく、だったり、娘の学校のママ友が嫌味な奴だった、とかで「一体次回は何が起きるんだ?」のようなTV的なクリフハンガーな出来事は一切起こらない。
じゃあこのドラマの何が面白いのかと言えば、そういった日常のイラッとすることやモヤモヤに対して、主人公のサムがガツンとぶつかりながら日々奮闘する生き様である。


生き様というと少し大袈裟かもしれない。でも、彼女は女優として働きながら、職場における“女性”の立場として苦労し、家に帰れば反抗期の娘たちに“母親”の立場として苦労し、同僚やママ友、娘たちと正面からぶつかっていく様はまさにカッコいい“女の生き様”なのだ。
その一方で、面白いことがあれば大声で笑う感情表現豊かなキャラクターでもある。このサムというキャラクターの魅力こそが、このドラマの大きな要素になっていて、日々をたくましく生きる彼女とその家族たちをケラケラと笑いながらも、いつしか観ている側も応援されているような気持ちに不思議となってくるのである。


このサムを演じるパメラ・アドロンは、このドラマの主演のみならず脚本、監督、プロデューサーをこなし、自ら働く女性、母親としての体験を作品に投影しているというから驚く。
そういったパーソナルな作品であるからこそ、娘たちに女性として生きる大変さ、同時にその素晴らしさを全身で説く姿に心が打たれるのも納得だなと思う。


ただ、今作を語る上で避けて通れない話題もある。アドロンと共同クリエイターだったルイス・C・Kがセクハラ被害を告発された事件ある。
事の詳細はここでは伏せるが、告発があったのは別の作品であったものの、ジェンダー差別や女性の社会進出を描いた今作に携わりながら、こういった性被害が起きてしまったことは本当にショックな出来事だと思う。


結果的に2017年にC・Kは作品から降板し、シーズン3以降はアドロンが1人でドラマを仕切ることになった。
正直に言えば、シーズン3以降からドラマの作風が変わってしまった印象は否めない。
ただ、シーズン2までが所謂“ファミリードラマ”であったのならば、それ以降の作品はよりリアルな日常の描写、例えるなら上質なエッセイのような、取り留めがないけども大切な日々の生活が丁寧に描かれる割合が増えたように思う。


ドラマは後半になるにつれ、幼かった娘たちも成長し、次第に親元から離れていく。そんな中でサムがひとりになり、家族に思いを巡らせるという場面がある。
そこに流れるのは、かの有名なモンティ・パイソンの「Always Look on the Bright Side of Life」である。「ライフ・オブ・ブライアン」のエンディング曲として知られている曲だが、その歌詞はこうである。

Some things in life are bad
They can really make you mad
Other things just make you swear and curse
人生は悪い時もある
めちゃくちゃに怒りたくなることもあるし
罵詈雑言を吐きたくなることもある


When you're chewing on life's gristle
Don't grumble - give a whistle
And this'll help things turn out for the best
And -
人生の苦みを噛み締めた時は
文句を言わずに口笛を吹こう
それがうまくいくかもしれないから


Always look on the bright side of life
Always look on the light side of life
だからいつも人生の輝いている方を見ていよう
人生の明るい方を見ていようよ

車で走るサムの上空には満点の星空がある。彼女の生き方、人生を讃えるかのように星は光り輝き、その先の未来の輝かしさを暗示するかのように幾つもの流れ星が流れる。
このドラマ、パメラ・アドロンは、何があっても前を向いていこう、そして何気ない家族とのひとときや毎日を大切に生きようということを、さりげなくも強く私たちに伝えてくれるのだ。