悪魔の吐きだめ

映画とかドラマとかのことを書いてます。

「花束みたいな恋をした」の感想と妄想

観ている間Apple Watchが盛んに振動して心拍数が上昇していることをしつこく知らせてくるので、途中で外してしまった。観終わってそのまま帰路につき、徐にパソコンを開いてこれを書いている。「花束みたいな恋をした」は、きっと誰しも誰かに話したくなる作品だと思う。(ただその相手が恋人かどうかは別として)だからここに感想と妄想、思いを書き出したい。

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まず「花束みたいな恋をした」というタイトルは”した”というのがミソで、”する”でも”している”でもなくて、”した”のであってそれは過去形である。つまりこのカップルの終わりは既に冒頭から分かっている。2015年、付き合い出した2人が2020年に別れる。2人の結末がわかった上で観ることはとても辛い。いま付き合っている相手がいる人であれば尚更じゃないか?

菅田将暉演じる「麦くん」は調布に住み、有村架純演じる「絹ちゃん」は飛田給に住んでいる。2人を繋ぐのは常に京王線で、昔沿線上に住んでいた自分も懐かしい気持ちになる。
名大前で終電を逃した当時大学生の2人は、同じく終電を逃した会社員と思しき男性と女性、皆見ず知らずの状態でどうせなら、と飲みに行く。するとひょんな事から映画の話題になった時に、男性が「俺、結構マニアックな映画知ってるよ?ショーシャンクの空に、とか」と言う。女性もそれに乗っかって「私も魔女の宅急便(実写版)最近観たの〜」と言い出す。これに麦くんと絹ちゃんは苦笑する。もちろん観ているこちらも苦笑する。そこであぁなるほど、これはアウトサイダー同士なのだなと分かる。
善し悪しを言うのではないけれど、きっとこの社会人男性と女性側と全く同じ意見の人もいると思う。(というか現にいる)毎回映画好きの指標で「ショーシャンク」が持ち出されるのも可哀想な気もするが・・・今作の主人公の麦くんと絹ちゃんは”そちら側”ではない人間ということが瞬時に分かるエピソードだ。メインではない、サブの趣味。だから今作にはいわゆるサブカルチャーと呼ばれるような作品が多く触れられる。

その後2人になった麦くんと絹ちゃんは、意気投合しお互いに好きな本挙げる。穂村弘、今村夏子、羅列羅列羅列・・・観ようとしていたお笑い芸人のライブも履いている靴も同じ。同じ趣味嗜好。こんなことあるのか?答えは「ある」。稀に本当にそういう出会いはある。じゃあそんな趣味が合う2人が付き合えばベストカップルになってうまく行くか?という疑問というより、趣味が合う合わないという以前に、最高の状態で付き合い始めた恋人同士でも年が経つにつれて心が離れる、誰しも起こり得る話であって、映画の中で何か大きなイベントやアクシデントが起きずに別れることになる。これがこの映画の肝であって無茶苦茶に刺さる。

実家暮らしの絹ちゃんは就活のプレッシャーで親と合わなくなっていて、それに対して麦くんは「同棲しよう」と持ちかける。この麦くんの提案と言う部分が、後からも効いてくる。彼が行う大きな提案は「現状打破」という意味合いが強い。絹ちゃんは基本相手に同意するタイプで、すんなりこれを受け入れる。
調布駅から徒歩30分のマンションに住み始め、一緒に同じ本を読んで泣き、同じ映画を観て笑い、同じ時を過ごす。麦くんはイラストを描く仕事で細々と稼ぎ、絹ちゃんはアイス屋でアルバイトをする。

ここで大きな転機となるのが、麦くんの就職である。麦くんは新潟に帰るように言う親に反発し仕送りを止められてしまう。麦くんというのは、大学生の頃からおっとりした性格なのだが、生活を続けるために就職を選ぶとその性格が変わり始める。もとは夢だったイラストを描く仕事をしたいのだが、とりあえず一旦就職して仕事の合間で絵を描き続けようと考える。お金が貯まってちゃんと落ち着けば、また本来の目指す道に専念できる、と。既にこの時点で胸が苦しい。結果が目に見えているからだ。なぜなら自分自身が全く同じだったから。
17時で終わると聞いていた仕事は20時過ぎまでかかり、休日も仕事にかかりきりになる。2人で一緒に行くはずの舞台にも行かず、絹ちゃんだけがゲームをクリアして、漫画も先に進む。
「大きい音出してゲームしていいよ」と言いながら耳栓をする麦くん。気持ちが分かる。そうしたくないけど、そうなってしまう。「なんでもう前みたいに本を読まなくなったの?」と絹ちゃんに聞かれて、麦くんは「もうパズドラしかやる気が起きない」と言い放つ。辛い。

必ずしも仕事をすると全員そうなるわけではないが、麦くんのようになってしまう人(僕みたいに)は一定数いるのではないか。それが一律に悪いこととも言い切れない気もする。麦くんは絹ちゃんだけが変わらずにいつづけることに憤りを覚える。自分はこんなに頑張っているのに、責任持って仕事をしているのに。そんな独り善がりの言葉で絹ちゃんを傷つける。かつて就活で傷ついていた絹ちゃんを慰めた麦くんはそこにはいない。

だから2人の別れは本当に辛くて悲しい。麦くんはまたしても現状打破をする提案を持ちかけ、絹ちゃんはそれに納得するように自分に言い聞かせようとする。だが、もう2人は出会ったあの頃には二度と戻れないことを出会った場所で知ることになる。

事故も妊娠も何も起きない恋愛映画でありながら、ピークの状態で付き合った2人が別れるまでを克明に描いた秀作としてそれぞれの観た人の目線で語りがいのある本当に面白い映画、それが「花束みたいな恋をした」である。(自分の気持ちと少し距離を保つためにここは”面白い映画だった”と強く言っておきたい)

 

追記:絹ちゃんが劇中で観ている「ストレンジャー・シングス シーズン2」は、シーズン1は麦くんと一緒に観て2は1人で観ることに決めたんだろうかとか、テレビの前にあったミイラ展のガチャガチャは2019年の展覧会ものだけどこの時は2人で一緒に観に行ったんだろうか、など細かいところの妄想だけで話が尽きない。