悪魔の吐きだめ

映画とかドラマとかのことを書いてます。

「荒野にて」居場所を求める少年と馬の物語

アンドリュー・ヘイ監督の新作「荒野にて」が本当に素晴らしかった。

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監督のアンドリュー・ヘイについては、HBO製作のゲイドラマ「Looking」でその名を知った。今作ではマイノリティの疎外感だけでなく、そのコミュニティ内でもあるゲイ同士の微妙な距離感の違いによる孤独を細やかに描いており、いわゆる“マイノリティ”を描いたドラマとは一線を画したドラマとしての新しさにとても感動したのを覚えている。
その後に観たのがシャーロット・ランプリング主演の「さざなみ」だった。長年連れ添った老夫婦が些細な事件をきっかけに心が離れていく様子が描かれているのだが、関係が崩れていく様を丁寧に且つホラーな演出で構成しており、その手腕に驚かされた。

そして続く今作が「荒野にて」だ。原題は“Lean on Pete”、直訳すると“ピートに頼る”となるが、この“リーン・オン・ピート”とは主人公の少年が心を通わせる馬の名前だ。
15歳の少年チャーリーは父と二人暮らし。彼にとっては良い父親なのだが女に弱く、それが原因で大怪我を負った父親は入院することとなる。食べていく金もないチャーリーは、稼ぐために競馬場で働くことになり、そこで弱った競走馬の“リーン・オン・ピート”に出会う。

この映画で描かれるのは、無垢な少年が様々な人々と出会い“人生”を知る物語だ。
父の不在という現実から逃げ出したチャーリーは、競馬場で働くデルとボニーという二人の人物と出会う。二人ともかつては馬に愛情を持って接していたが、暮らしのために今はその心を失ってしまっている。勝てなくなった馬は殺処分するという決断もせざるを得ない。それを目の当たりにしたチャーリーは再び逃げだす。ピートを連れて。

オレゴン州ポートランドから叔母の住むアイオワ州を目指すという荒唐無稽な旅なのだが、その道中も決して彼はピートには跨ることはない。それは走ることができなくなり、疎まれる存在となったピートにチャーリーは自らを重ね合わせているからだ。居場所のない二人は歩き続けることを選ぶ。

ただ、自らの人生に居場所がないと感じているのは彼らだけではない。旅の途中で出会う人々も皆自らの人生に妥協しながら生きている様子がわかる。例えばチャーリーの出会う太った女は祖父から体型について嫌味を言われ続けている。「どうしてこの家を出ないの?」と聞くチャーリーに対し、彼女は「だって他に行く場所がないから」と答える。そうした人々と出会うことで誰もが自分の居場所を探しており、それに諦めてもいることをチャーリーは知ることとなる。

だが彼が知るのはそれだけではない。チャーリーを行く先々で待ち受けるのは厳しい現実だった。その過酷さに打ちひしがれて逃げ出してしまう。それが自分の行いのせいだと強く自らを責めてボロボロになりながらも彼は自分の居場所を求めて進んでいく。彼にはそうするしかないからだ。それはこの世界に(それがどんな形であっても)“居場所”を探し続ける人にとっては強く共感できる姿であるはずだ。

そんな彼が辿り着いたラストで流れるボニー・プリンス・ビリーの“The World Greatest”ではこのような歌詞が歌われる。

誰かが僕について尋ねたらその人を見つめてこう答えるよ

僕は高くそびえる山、僕は空に輝く星だ

やったよ、僕は世界で一番偉大になったんだ

窮地に陥ったとしても微かな希望がある

だって僕は世界一偉大になったと感じるから

この曲を背景に彼の見つめる眼差しの先にあるものは、きっと観る人によって違う捉え方ができるだろう。それはアンドリュー・ヘイが用意した、チャーリーと同じく人生を模索する僕らに対しての優しさであり、厳しさに違いない。