悪魔の吐きだめ

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長い戦いを終えて〜「ゲーム・オブ・スローンズ」は一体何がスゴかったのか

ゲーム・オブ・スローンズ」が終わった。世界中が固唾をのんで見守り続けた玉座を巡る争いを描いた「TVドラマ」が終わったのだ。「アベンジャーズ」と並んで熱狂的なファンダム(熱心なファンで作り上げられた文化)を持つこのドラマシリーズは一体何が凄かったのか?前置きすると、僕自身決してコアなファンではないし、何なら一度シーズン1で挫折すらしている。そんなニワカウォッチャーの僕ですら結局ハマってしまった今作の面白さと、ファイナルシーズンの盛り上がりについて書きたいと思う。
※具体的なネタバレは避けているものの、これから観る予定で一切情報を入れたくない方は、以下Spoiler Alertってことでスルーいただきたい。

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まず、「ゲーム・オブ・スローンズ」(以下、GoT)が本国で放送を開始したのは2011年で、僕が観始めたのは日本で放送開始した2013年頃だったと思う。第1話から壮大な世界観に圧倒されつつも、話の本筋が掴めず休み休み進めてようやくシーズン1を観終えたあたりでそれ以降進めるのをやめてしまっていた。そこから何年もブランクが空いて再開したのはわりと最近になってからだ。
なぜ一度挫折したドラマを再開しようと思ったのか。それは気がつくと世の中のエンターテイメントにGoTが欠かせない存在になっていたからだった。ちょっと大袈裟かもしれないが、本当に世界的な熱狂が半端なく、TwitterにはキャラクターのMemeやGIFで溢れ、近年の映画やドラマを観ていても、そこかしこにGoTのネタが言及されまくる。気がつくと「ゲーム・オブ・スローンズ」は一種の“記号”と化していたのだ。エンターテイメントの裏にGoTが存在している様子は、アメリカ映画やドラマの背景に、キリスト教と聖書が強く根付いていることと似ていて、その状況を知らないままでやり過ごしていることに妙な焦りや孤立感を感じるようになったのだ。


このままでは置いてかれてしまうと今更ながら焦り、再び観始めていった中で、このドラマにハマりだしたキッカケとなったエピソードがシーズン3の第9話「The Rains of Castamere」だった。一言で言うとまさに“度肝を抜かれた”エピソードだった。信じて応援して追ってきていたキャラクターたちは見るも無惨に次々と殺され、無慈悲にも息子を目の前で亡くした母の絶叫で終わる(そしてその直後に母も殺される)。このエピソードが海外では既に“Red Wedding”として有名だと知ったのは後のことで、全く事前情報を知らずに通勤電車で観ていた僕は最寄りの駅に着いた後もホームで立ち尽くしてしまった。それは「絶望」というより「ここまでやるのか!」という興奮で呆然としてしまったからだった。このドラマはただモンじゃないぞ、とここから一気にハマりだした。


ただ、逆にいうとここまで来ないとハマらないのかと思われそうだが、これは人によってこのドラマの楽しみ方が異なるため何を目的でこのドラマを楽しむか、によって大きく個人差があるのだと思う。(僕にとってはこのようにドラマのセオリーをぶち壊してくれる面白さに気がついてからだった)
冒頭にも書いたが、僕同様に最初に放棄してしまう人は今作の掴み所が分からないため、という人が多い気がする。いや、ゴールは至極シンプルで「誰が七王国の王になるのか」というだけである。ではなぜここまで取っ付きにくくなるかと言えば、理由の一つに登場人物の多さがあるだろう。一つのエピソードの中で並行して各キャラクターのそれぞれのストーリーが進むため、最初のうちは、あれがこうなって、誰が誰と、と追うだけで頭が追いつかない。そしてそれ故にこのドラマが他のドラマと大きく異なるのは、ドラマ自体が複数の“サブプロット”で成り立っているという点だ。


先にも述べた、阿鼻叫喚の地獄エピソードとして悪名高い「The Rains of Castamere」の他にも、シーズン6第9話「Battle of the Bastards」などのここまでやるか(やれるのか)というテレビドラマのバジェットや演出面も含めて大きく水準を底上げしたエピソードは数あれど、言ってしまえばいずれも一(イチ)キャラクターを通して描いたサブプロットでしかないのだ。それぞれが一本のドラマとして十分成立するレベルのクオリティのサブプロットの集合体がこの「ゲーム・オブ・スローンズ」という大きなドラマを作り上げているのだと思う。


そう言った意味で捉えると、GoTが本領発揮するのは、そのサブプロット同士が「玉座」という一つの到達点に集約していく終盤にかけてだ。そのため、ファイナルシーズンが世界的な盛り上がりを見せたのも、単にドラマが終わるから、という意味合いだけではなかったと思われる。今までバラバラだった物語とキャラクターが一堂に会して、ゴールへと繋がっていく快感は、なるほど過去7年に渡ってサブプロットを描き続け、それを堪え忍んできたウォッチャーだけしか得られない「GoT」が作り上げた視聴体験だったと思う。


さて、そんな熱狂的に迎えられた最終シーズンだったが、蓋を開けてみると意外なことにファンから叩かれまくってしまった。終いにはファンによる作り直しを求める署名活動まで始まる程だった。確かに個人的にも展開に疑問も持つ点もいくつかあったが、何よりこのファイナルシーズンでようやくサブプロットではなく一つのドラマとして動き出した途端に、これまで保っていた今作のテンポが失速していったのは認めざるを得ないし、それが残念でもあった。ただ、ファイナルシーズンが失敗に終わったのかというと個人的は全くそんなことは無かったと思う。
なぜなら賛否を巻き起こした第5話「The Bells」で今作の作り手たちはさらなる挑戦に挑んでいたからだ。これまで主要人物たちが次々と殺され、それをTV越しに楽しんでいた視聴者を真正面からブン殴るようなエピソードだったのだ。罪なき人々の断末魔が響き渡る瞬間を目にした時、そこには「ドラマ」というフィクションの持ち得る“面白さ”は皆無だった。「ゲーム・オブ・スローンズ」が描いていたのは単なる“エンターテイメント”ではない、“戦争”である、とここで視聴者に突きつけた。本作のクリエイターたちはきっとGoTを「面白いTVドラマだったね!ちゃんちゃん!」で終わらせたくなかったのではないか。


最後まで視聴者に喧嘩を売り続け、賛否渦巻く中GoTは幕を閉じた。いずれにせよ、ネットで瞬く間に拡散される感想含めて、すごい時代にすごいドラマが終わったこと、これはこの先も語り継がれるイベントだったと思う。
ゲーム・オブ・スローンズ」が紹介される時、よく「映画並みのクオリティのTVドラマ」だったり、「一話に映画一本分の予算をかけている」など映画と比較されて語られることが多い。しかし、今作がここまで熱狂的な盛り上がりをみせたのは「映画」だったからではなく「TV」だったからだ。まるでスポーツ観戦するかのように、お茶の間やバーのTVを通して、世界中が同じ瞬間を目撃し、その感想がリアルタイムに拡散されることで、より熱狂的な一体感を生み出した。
最終話でのティリオンの言葉を借りれば、人々を繋げるのは、いつの時代も“物語”(TVドラマ)であることを「ゲーム・オブ・スローンズ」は証明したのだ。