悪魔の吐きだめ

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「After Life/アフター・ライフ」リッキー・ジャーヴェイスが描く人生の悲哀とアイロニー

まず、リッキー・ジャーヴェイスという名前を聞いて、かつてのゴールデングローブ賞の授賞式の司会を思い出す人も多いかもしれない。当時興行的にも失敗し評価もイマイチだったサスペンス映画「ツーリスト」がなんとコメディ部門にノミネートされてしまったことをキッカケに、当時の司会だったジャーヴェイスはこれをネタに言いたい放題。「授賞式に主役のジョニデとアンジーを呼びたいから無理矢理ノミネートした」云々から始まり、その当時にスキャンダルされていた「協会はスタジオから賄賂を貰っている」発言までタブーに踏み込むジョークを連発。その後もポール・マッカートニーからメル・ギブソンまでとにかく大御所相手にも誰もがタブーと思う話を怯みもせずにジョークにして飛ばしまくる。

そんな彼の作るドラマも一見すると尖った刃のように鋭い笑いを孕みながら、その裏では実は人生の悲哀を描いた物語だったりする。

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ジャーヴェイスを一躍有名にしたドラマといえば、盟友のスティーヴン・マーチャントと共に自ら監督脚本を務めた「The Office」だ。英国の小さな印刷会社に密着したドキュメンタリー風(モキュメンタリー)ドラマで、ジャーヴェイスはそこで部下から冷たくされる(でも本人は気がついていない)イタい上司デヴィッド・ブレントを演じていた。とにかくやる事なす事すべて空回り、空気を読まずにセクハラや人種差別バリバリのジョークを本人は面白いと思って連発するもスベりまくる。その一方で周りから疎まれる彼自身の孤独も描かれているためいつの間にか視聴者は共感してしまうのだ。

続く2作目のドラマ「エキストラ」では、ジャーヴェイスはタイトル通り、有名な映画俳優になることを夢見るエキストラ役に扮し、自分の思いとは裏腹にコメディ役者として売れてしまう人生の歯痒さを描いていた。

いずれの作品でも、予定調和にいかない人生とそれにどう折り合いをつけていくかということが物語の核となっていた。

そして、今回新作の「After Life/アフター・ライフ」である。主人公のトニーは妻を亡くしてから生きる意味を見失ってしまう。自暴自棄となった彼は、周囲の心配をよそに誰彼構わず毒を吐きまくる。誰が相手でも遠慮のない発言で周囲を困らせるそんな彼だったが、徐々に妻のいない人生(アフターライフ)に意味を見出そうと心を変えていく。

正直言えば、これまでのジャーヴェイスのドラマに比べるとキャラクターの描かれ方も話の展開も単純かつストレートで面白みに欠ける印象もある。ただ、ジャーヴェイス自身もカドが取れたというか、ため息ひとつする演技だけで哀愁を感じさせるし、誰を相手にしても毒を吐くトニーは、ステージ上で毒を吐きまくるジャーヴェイス自身の姿と重なる。でも実はその裏では、思い通りにいかない皮肉な人生に満ちているという対比に観ている側は心を打たれてしまう。

「喜劇と悲劇は紙一重」というけれど、まさにジャーヴェイスの描く作品はその言葉通りで、“可笑しい”から“哀しい”し、“哀しい”から“可笑しい”のだ。そしてそれが「人生」なんだと説く彼は“現代のシェイクスピア”なのかもしれない。