悪魔の吐きだめ

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「ペンタゴン・ペーパーズ」とスピルバーグのTV界への恨み節

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先日日本で公開となったスティーヴン・スピルバーグ監督の新作「ペンタゴン・ペーパーズ」(原題: The Post)。ベトナム戦争時代の政府の隠蔽文書とそれを世間に公表しようとする新聞社を描いたこの映画はスピルバーグフィルモグラフィーの中では比較的地味な作品ではあるものの、オスカーやゴールデングローブでも作品賞にノミネートされるなど高く評価されている。ただこの映画で何より驚くのは出演者の多くがTVドラマシリーズに出演している旬な俳優陣であることだ。
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この映画の主役となるのは、ワシントンポスト紙の経営者キャサリン・グラハムを演じるメリル・ストリープと、現場で働く記者ベン・ブラッドリーを演じるトム・ハンクスの2人なわけだが、その脇を固めるキャストに注目したい。

まず、映画の冒頭に登場する今作のキーマン、ダニエル・エルスバーグを演じるのはマシュー・リース。機密文書を盗み出すシーンに既視感を覚えたのは、彼が「ジ・アメリカンズ」でロシアスパイの夫婦を演じているから。盗みの仕草も慣れた手つきだ。

トム・ハンクスの部下ベン・バグディキアンを演じるのは「ブレイキング・バッド」、「ベター・コール・ソウル」で悪徳弁護士を演じるボブ・オデンカーク。エミーでも主演男優賞を争ってアンソニー・ホプキンスケヴィン・スペイシーらと互角に戦うだけあってその演技力には定評がある。(昨年のエミーではライバルにマシュー・リースもノミネートされていた)
その彼の同僚を演じるのはデヴィッド・クロス。カルト的な人気を誇るコメディドラマ「ブルース一家は大暴走」でお馴染みだが、オデンカークとは旧知のコメディ仲間であり、2人はコント番組「ボブとデヴィッド」を製作。近年はNetflixで10年ぶりにリバイバル放送もされた。それもあってか2人の掛け合いは息もピッタリだ。

同じコメディ俳優系列では、メリル・ストリープの娘役を演じたアリソン・ブリーは「コミ・カレ!」や「GLOW」などのコメディドラマに出演しており、途中参戦するワシントンポスト紙の顧問弁護士2人のうちの1人を演じるザック・ウッズも「シリコンバレー」で知られるコメディドラマの俳優である。
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もう1人の弁護士役を演じるのはオデンカーク同様「ブレイキング・バッド」、「ファーゴ」で知られるジェシー・プレモンス。オデンカークとプレモンスは、「ブレイキング〜」、「ファーゴ」ともに共演するシーンはなかったが(「ファーゴ」ではオデンカークがs1、プレモンスがs2のキャストだった)、今回はオデンカークが弁護士役だった「ブレイキング〜」と立場が逆となり、プレモンスが弁護士としてオデンカークを問い詰めるシーンがあって面白い。
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さらに「ブレイキング・バッド」繋がりでは、メリル・ストリープが主催する夕食会のシーンで「ブレイキング・バッド」s3で登場シーンは僅かながら印象深いキャラとして人気だったゲイルことデヴィッド・コスタビルもチョイ役ではあるが出演していた。

「ファーゴ」繋がりで言えば、ワシントンポスト紙の紅一点の記者を演じるキャリー・クーン、ライバルのニューヨークタイムズ紙の記者を演じるマイケル・スタールバーグはどちらも「ファーゴ」s3のキャストだった。
トム・ハンクスの妻役を演じるのは、「アメリカン・ホラー・ストーリー」シリーズ、「アメリカン・クライム・ストーリー / O・J・シンプソン事件」でエミー主演女優賞を受賞したライアン・マーフィーの秘蔵っ子のサラ・ポールソン。そして今作で渦中の人物となる国防長官を演じるのは、ポールソンとともに「アメリカン・クライム・ストーリー」に出演するブルース・グリーンウッドであるのだ。

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これだけ多くのTVシリーズの旬な俳優陣が一度に一本の映画にキャスティングされたのはまさに異例で、TVから映画への進出がせいぜいジョージ・クルーニーだったかつてと比べても、今のTVと映画の隔たりが無くなりつつある、つまりそのクオリティと演技力は「映画」に全く引けを取らない状況になっていることが窺える。

しかしその一方で、実はここまでのキャストを揃えた裏にはスピルバーグのTV界への強い嫉妬と執念があるようにも思える。というのも、映画界では巨匠の地位を築いたスピルバーグだが、TV界ではあまりヒットを飛ばせていないからだ。人気があれば何年も続くTVシリーズの中で、彼の手掛けたドラマは軒並み2〜3年でキャンセルされてしまっているものが多い。(「バンド・オブ・ブラザーズ」や「ザ・パシフィック」は高い評価を得たがこれらは元々リミテッドシリーズとして製作されたものだ。)

映画とTVでは、その尺や媒体を通して描かれる物語として、表現方法や演出はまるで違うものの、今作は当初TVシリーズとして構想をしていたのではないかとも思える。基本的には地味な話ながらも着実に個々のキャラクターが呼応しあいジリジリと結末まで突き進む脚本は、映画というよりは長く深くキャラクターを描くことができるロングフォーマットのTVシリーズに向いているからだ。
しかし、スピルバーグは敢えて「TVシリーズ」というフォーマットを選ばずに、自分の最も得意とする「映画」というフォーマットを選んだ。とは言うものの、このストーリーを牽引する為にはTVとしてのロングフォーマットで培ったパワーを持つキャスティングをする必要があった。その狭間の歯痒さが今作にはあるように思う。

イマイチTVという舞台を活かしきれていないスピルバーグに対して、Netflixらが台頭する昨今のTV界は急速に飛躍しており、あらゆるクリエイターが映画からTVへと流れている。その焦りと憧憬があってこそ「ペンタゴン・ペーパーズ」が生まれた、というのは大袈裟な話でもないだろう。