悪魔の吐きだめ

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“Sorry about your life !” 「痛み」に寄り添うオージー産傑作ゲイドラマ『プリーズ・ライク・ミー』の魅力とは

 「海外ドラマ」と言うと、どうしてもアメリカ産ドラマをイメージしてしまいがちだし、実際アメリカからは毎年どんどん面白いドラマが発信されているのも事実。しかし、そんなアメリカンドラマに引けを取らない傑作が、オーストラリアから誕生した。それが「プリーズ・ライク・ミー」である。

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主人公である、21歳の大学生ジョシュが彼女にフラれるところから物語が始まる。フラれた理由は、なんと「あなたがゲイだから」というもの。もちろんその時は全力で否定する彼だったが、フラれて以降気になる男性が出始めて、、という物語。

 

実は、このドラマの面白さを一言で言うのは難しい。主人公のジョシュは、イケメンとは程遠く、髪は薄毛で、顔も皺くちゃ。自分で「50歳の赤ちゃんみたいだ」と嘆くぐらいに見た目は残念。それなのに、性格も自己中心的だから恋人もできない。でも、そんなジョシュに対して、観ている側はいつしか共感するようになっていく。

好意を持つ男性が目の前に現れるものの、自分からつい嫌われるようなことを言ってしまったり、距離を自分から置いてしまったりする。その一方で、ようやく決断して一歩を踏み出してもうまくいかない。彼が過ごすのは、そんなイタい毎日なのだ。それでも「愛されたい」と願う気持ち、それはジョシュだけではなく誰もが思う気持ちが、タイトルの「Please Like Me」に込められている。

 

もう一つのこのドラマの魅力は、辛い現実でさえも明るく描いている点にある。ジョシュの物語と並行して、彼の母親の物語も描かれるのだが、実は彼女は重度の躁鬱病。しかし、ジョシュは、病気のためベッドから起き上がれない母に枕を投げつけて、「いつまで寝てるの!病院行くよー!」などとふざけて叫んだりするのだ。普通なら怒られるだけじゃ済まないようなシーンだが、そのジョシュの能天気さが、ドラマ全体に溢れているため、不思議と周囲は(そして視聴者も)笑顔になってしまう。

母の病気だけではなく、彼の周りには身近な人の死や、友人の中絶など、多くの不幸な出来事が次々と起こる。しかし、その度に彼は、料理を作ってふるまったり、一緒に歌を歌って、みんなを励ます。

ある事件をきっかけに落ち込む彼の父親が、ジョシュに「自分なんかが父親で良かったか?」と尋ねる場面がある。それに対し、空を見てジョシュはこう答える。「あの月よりもっと良い月だったらな、なんて思わないでしょ?だって月は一つしかないんだもの」ジョシュの純真さと、ドラマの持つ暖かさが詰まったワンシーンだ。

 

しかし、そんな暖かい雰囲気に包まれたドラマだが、シーズン4の終盤では、誰も予想だにしていなかった最大の悲劇が起きる。その悲劇を乗り越えようと、もがく彼らの姿は、観ているこちらも本当に辛く、涙が止まらなかった。その後半で印象的なのが、ズタズタになったジョシュが、友人のトムと「Sorry about your life.(大変だったね)」と、お互いに慰め合う場面である。これを「君の人生に同情するよ。」と、直訳してしまうと大袈裟に聞こえてしまうが、このフレーズこそ、今作を観るすべての人に対する、慰めの言葉だと思う。

ドラマで描かれる不幸、それは些細なものから生活を揺るがす大きなものまで様々だが、それは決してドラマの中だけのものではなく、誰しもが日常生活で避けられないもの。そんな不幸を経験してしまった時に、「頑張れ!」や「乗り越えろ!」のように背中を「押す」のではなく、「大変だったね」と優しく声をかけて背中を「さすってくれる」ようなドラマだったとラストを観て気がつく。

「現実の辛さ」を時に明るく、シビアに描いた今作は、「オーストラリアの〜」であったり、「ゲイが主人公の〜」という枕詞は必要がないように感じる。それは、描かれている「痛み」は、万国共通であり、誰もが感じるものだからだ。その「痛み」を丁寧に掬い上げるように描いたという点が画期的で、且つ本当に素晴らしい作品なのだ。

 

ちなみに、主演兼製作を手掛けるジョシュ・トーマスは、豪州のスタンダップ・コメディアン。今作は、彼自身の実体験を元にドラマ化したというから驚きである。ハイトーンボイスで早口に繰り出されるセリフは、さすがコメディアンだと思いながらも、まだ20代ながら、今作での繊細なストーリーと魅力的なキャラクターを生み出した手腕には脱帽。残念ながら、今作はシーズン4で終了したものの、彼の次回作が今から楽しみである。