悪魔の吐きだめ

映画とかドラマとかのことを書いてます。

『キングス・オブ・サマー』 永遠だと思っていたあの夏について

この映画の事を書こうとすると、うまく言葉に纏まらない。でも書き留めて置かないと、朝起きた時には覚えていた夢が、断片となって徐々に消えていくように、この映画を観たときに感じていた気持ちも、いつの間にか忘れてしまいそうになる。その気持ちというのは、誰もが青春時代に感じ、そして今はもう忘れてしまっていたものなのだ。ジョーダン・ヴォート=ロバーツの監督作「キングス・オブ・サマー」は、観ている間に、そんな遠い気持ちを呼び起こさせる。

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父親と二人で暮らしている主人公の高校生ジョーは、いつまでも子供扱いし、自分に対して無関心な父親に、不満を募らせていた。一方、父親父親で、反抗的な息子の態度が気に入らない。直接的な要因があった訳ではないが、親子はいつしか擦れ違うようになっていた。
同じく、ジョーの親友のパトリックも過保護な両親に不満を持っていた。そして、(いつの間にか加わったおかしな同級生ビアジオを含めて)3人は誰にも縛られない自由な生活を手に入れるため、森に自分たちで家を建てて生活をすることを決める。

今作を観て思い出す青春映画も多い。「スタンド・バイ・ミー」はもちろん、3人の関係性も「スーパーバッド」を彷彿とさせる。しかし、今作で彼らを突き動かす理由は、「映画的」では無い。
学校では虐められている訳ではないが、揶揄われてはいる。親への不満も「口煩い」、「言っている意味がわからない」という程度のものだ。(個人的には、パトリックの抱える親に対する不満に爆笑しながらも、共感してしまった。あの当時、親の言うことは本当に意味不明に聞こえるのだ。)でも、その頃の彼らにとって、それらの問題は「その程度」じゃ済まなかった。彼らが家を出ることを決めた理由は、誰もが感じていたフラストレーションである。ただ、「自由」になりたくて、そして自由になることが大人になることだと考えて、家を飛び出した彼らは、その代償を知らなかった。

他の青春映画にあるような、「彼らはこの夏を境に大人になった」とか「この経験を通して成長した」みたいな上から目線のクサい説教めいた事など、この映画の中では描かれない。夏の一番輝いている瞬間だけを、この映画は切り取っていく。それは楽しい瞬間だけでなく、失恋や親友との喧嘩などの普遍的な「痛み」も含めた輝きである。

そんな夏に生じた、親や友人との諍いはいつしか解消し、知らぬ間に夏は終わってしまう。決定的な理由や言い訳もなく、知らぬ間に大人になってしまうのだ。ただ、そのひと夏の出来事を振り返るのは、ずっと先のこと。「今」を生きる彼らにとって、あの夏は「永遠」であると同時に、「刹那」だった。それだけで十分なのだ。それが全てなのだから。

そんな彼らを(そしてあの頃の僕らを)讃えるように、最後に流れるYouth Lagoonが歌う「17」に、刹那であったが故の瑞々しさと、失ってしまったものの大きさを改めて知り、僕は涙が止まらなかった。

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス」ラストの曲に込められた意味

MARVELの中でも特に原作の知名度が低かったにも関わらず、大ヒットとなった「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」待望の続編、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス」が日本で公開となった。

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この無名に近いキャラクター達の作品がヒットした理由には、キャラクターや話の面白さもあるが、特に従来のアメコミ映画らしからぬ選曲にある。主人公が母親から貰ったミックステープをウォークマンで愛聴している設定ということもあり、宇宙での激しい銃撃戦の最中に70年代〜80年代のヒット曲が流れるというミスマッチ感が面白く、ドラマを一層盛り上げている。
 
今回の続編でも、1作目同様に様々な曲が使用されていた。ここでこの曲か!みたいな驚きもありながら、フリートウッド・マックの「The Chain」や、ルッキング・グラスの「Brandy」などは、重要な場面で繰り返し使用され、とても印象的だった。
そんな曲の中でも、特に歌詞の内容とリンクさせて使用されていたラストの曲について書きます。
 
以下、ネタバレありです。

“Sorry about your life !” 「痛み」に寄り添うオージー産傑作ゲイドラマ『プリーズ・ライク・ミー』の魅力とは

 「海外ドラマ」と言うと、どうしてもアメリカ産ドラマをイメージしてしまいがちだし、実際アメリカからは毎年どんどん面白いドラマが発信されているのも事実。しかし、そんなアメリカンドラマに引けを取らない傑作が、オーストラリアから誕生した。それが「プリーズ・ライク・ミー」である。

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主人公である、21歳の大学生ジョシュが彼女にフラれるところから物語が始まる。フラれた理由は、なんと「あなたがゲイだから」というもの。もちろんその時は全力で否定する彼だったが、フラれて以降気になる男性が出始めて、、という物語。

 

実は、このドラマの面白さを一言で言うのは難しい。主人公のジョシュは、イケメンとは程遠く、髪は薄毛で、顔も皺くちゃ。自分で「50歳の赤ちゃんみたいだ」と嘆くぐらいに見た目は残念。それなのに、性格も自己中心的だから恋人もできない。でも、そんなジョシュに対して、観ている側はいつしか共感するようになっていく。

好意を持つ男性が目の前に現れるものの、自分からつい嫌われるようなことを言ってしまったり、距離を自分から置いてしまったりする。その一方で、ようやく決断して一歩を踏み出してもうまくいかない。彼が過ごすのは、そんなイタい毎日なのだ。それでも「愛されたい」と願う気持ち、それはジョシュだけではなく誰もが思う気持ちが、タイトルの「Please Like Me」に込められている。

 

もう一つのこのドラマの魅力は、辛い現実でさえも明るく描いている点にある。ジョシュの物語と並行して、彼の母親の物語も描かれるのだが、実は彼女は重度の躁鬱病。しかし、ジョシュは、病気のためベッドから起き上がれない母に枕を投げつけて、「いつまで寝てるの!病院行くよー!」などとふざけて叫んだりするのだ。普通なら怒られるだけじゃ済まないようなシーンだが、そのジョシュの能天気さが、ドラマ全体に溢れているため、不思議と周囲は(そして視聴者も)笑顔になってしまう。

母の病気だけではなく、彼の周りには身近な人の死や、友人の中絶など、多くの不幸な出来事が次々と起こる。しかし、その度に彼は、料理を作ってふるまったり、一緒に歌を歌って、みんなを励ます。

ある事件をきっかけに落ち込む彼の父親が、ジョシュに「自分なんかが父親で良かったか?」と尋ねる場面がある。それに対し、空を見てジョシュはこう答える。「あの月よりもっと良い月だったらな、なんて思わないでしょ?だって月は一つしかないんだもの」ジョシュの純真さと、ドラマの持つ暖かさが詰まったワンシーンだ。

 

しかし、そんな暖かい雰囲気に包まれたドラマだが、シーズン4の終盤では、誰も予想だにしていなかった最大の悲劇が起きる。その悲劇を乗り越えようと、もがく彼らの姿は、観ているこちらも本当に辛く、涙が止まらなかった。その後半で印象的なのが、ズタズタになったジョシュが、友人のトムと「Sorry about your life.(大変だったね)」と、お互いに慰め合う場面である。これを「君の人生に同情するよ。」と、直訳してしまうと大袈裟に聞こえてしまうが、このフレーズこそ、今作を観るすべての人に対する、慰めの言葉だと思う。

ドラマで描かれる不幸、それは些細なものから生活を揺るがす大きなものまで様々だが、それは決してドラマの中だけのものではなく、誰しもが日常生活で避けられないもの。そんな不幸を経験してしまった時に、「頑張れ!」や「乗り越えろ!」のように背中を「押す」のではなく、「大変だったね」と優しく声をかけて背中を「さすってくれる」ようなドラマだったとラストを観て気がつく。

「現実の辛さ」を時に明るく、シビアに描いた今作は、「オーストラリアの〜」であったり、「ゲイが主人公の〜」という枕詞は必要がないように感じる。それは、描かれている「痛み」は、万国共通であり、誰もが感じるものだからだ。その「痛み」を丁寧に掬い上げるように描いたという点が画期的で、且つ本当に素晴らしい作品なのだ。

 

ちなみに、主演兼製作を手掛けるジョシュ・トーマスは、豪州のスタンダップ・コメディアン。今作は、彼自身の実体験を元にドラマ化したというから驚きである。ハイトーンボイスで早口に繰り出されるセリフは、さすがコメディアンだと思いながらも、まだ20代ながら、今作での繊細なストーリーと魅力的なキャラクターを生み出した手腕には脱帽。残念ながら、今作はシーズン4で終了したものの、彼の次回作が今から楽しみである。

2016年 映画ベスト10

2016年のベスト10について書きます。今年も豊作でした。

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10位「君の名は。

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今年最大のヒット作を冷やかし半分で観に行って号泣。あの日、あの時、あの場所で出会った人を救うために奔走する後半の展開は、まるで「オーロラの彼方へ」や「エターナル・サンシャイン」のよう。批判されがちなMV風演出も新海誠監督自身が「ブレイキング・バッド」から影響を受けたと聞けば納得の演出。

 

9位「イット・フォローズ」

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セックスすると憑いてくる「イット」から逃れる若者を描く異色青春?ホラー。監督のテヴィッド・ロバート・ミッチェルは前作「アメリカン・スリープオーバー」の思春期の気怠い要素をホラーに持ち込むことで、これまでに観たことないような新鮮なホラーを作り上げた。未来なのか現代なのか、でも何処と無くノスタルジーを感じるデトロイトの世界観も良かった。

 

8位「さざなみ」

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シャーロット・ランプリングアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた本作は、 原題「45 Years」とあるように、結婚45周年を目前にじわじわとすれ違い始める夫婦の物語。人が人から離れる瞬間は45年の老夫婦でも、それがたとえ同性同士でも変わらないだろう。監督のアンドリュー・ヘイの前作「Weekend」も観てみたいところ。屋根裏でスライドショーを見る様子の演出やライティングが完全にホラーだったのも面白かった。

 

7位「レヴェナント」

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レオナルド・ディカプリオが悲願のアカデミー賞主演男優賞を受賞した本作。アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督お得意の長回し演出も、前作の「バードマン」以上に冴えまくっており興奮。レンズに鼻息を吹きかける熊も怖かった。

 

6位「31」

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ロブ・ゾンビの原点回帰作。ピエロと殺し合いのゲームに参加させられる理不尽さは「マーダー・ライドショー」の地獄のようであり、終盤は「デビルズ・リジェクト」のニューシネマ的カッコ良さが全開。そしてラストの「Dream On」に胸が熱くなった。

 

5位「ローグ・ワン」

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力を持たない者たちが「希望」を信じて闘う物語に涙。そして1作目に完璧に「希望」を繋いでさらに涙。それは自分にとって「スターウォーズ」がどれほど重要なものなのかを再認識させられた瞬間でもあった。

 

4位「ゴーストバスターズ

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今年一番待っていた映画であり、一番笑ったエンターテイメント映画。心無いアンチからの批判を吹き飛ばすような快作に仕上げたポール・フェイグ監督とキャストに心から拍手を送りたいほど楽しかった。

 

3位「永い言い訳

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ふとした瞬間に手からこぼれ落ちてしまった、いつでも繰り返せると思っていた日常。それを丁寧に拾い上げるかのように描いた西川美和監督の「日常」の喪失の物語は、全ての人の背中を優しく押してくれるようで何度も泣いてしまった。

 

2位「ドント・ブリーズ」

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全カット、全シーンにアイデアが詰まった「悪夢の宝箱」のような映画。何度も主人公共々観客を地獄に引きずり戻す執着たっぷりの演出も最高。80分程度じゃ勿体ないぐらい死ぬほど楽しいホラー映画として永遠に語り継がれるだろう。

 

1位「死霊館 エンフィールド事件」

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ワイルド・スピード スカイミッション」 で大作監督の仲間入りをしたジェームズ・ワンがホラーに回帰した。しかもあの「死霊館」の続編で。というだけで否応無しに期待が高まっていたが、その期待を遥かに凌駕するほどの大傑作。前作からお馴染みの「起こりそうで起こらない、けどやっぱり起きる」という死ぬほどハラハラさせられる演出も健在だが、さらに今回「エンフィールドのポルターガイスト」という心霊史でも特にスキャンダラスな事件を取り上げたことで、「その現象はヤラセか否か」という点でもこちらを惑わし終始ドキドキ。そんな中、プレスリーの「好きにならずにいられない」を家族とともに歌うシーンを入れて「家族愛」も謳い上げる。間違いなく今作はジェームズ・ワンの集大成である。

 

以上、ベスト10でした。思い入れの大きかった「ゴーストバスターズ」の順位に悩みつつ、やはりジェームズ・ワンの手腕には圧倒されてしまった。その他ベスト10の半数がホラーという予想以上にホラー豊作の年に驚いた。(個人的には「さざなみ」もホラーだと思っている)

来年も待ち遠しい作品ばかりで今から楽しみである。

2016年 海外ドラマベスト10

昨年以上に作品数が豊富だった2016年。去年は15本程度だったが、今年はその倍以上の作品を観ることができた。その中から今年のベスト10本を選出した。

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10位「ワン・ミシシッピ 」(シーズン1)

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Amazonオリジナルシリーズ。スタンダップコメディアンのティグ・ノタロの実体験を基にした半自伝的コメディドラマ。母の死をきっかけに故郷に帰省したティグが自身と向き合う姿をシニカルな笑いとともに描く。Netflixで配信中の彼女のドキュメンタリーとあわせて観るとより彼女の背景を理解できる。製作には「JUNO」の脚本家ディアブロ・コディとコメディアン仲間のルイスCKが名を連ねている。

ベストエピソード : ep1 "Pilot"

 

9位「Veep」(シーズン1)

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賞レースの常連ながらなかなか日本で観られなかったHBOの政治コメディがようやくHuluで配信。ジュリア・ルイス=ドレイファス演じる女性副大統領とその取り巻きを描くノリはまるで「30 ROCK」。ドキュメンタリーテイストな手持ちカメラと毎回のドタバタが楽しい。

ベストエピソード : ep6 "Baseball"

 

8位「殺人を無罪にする方法」(シーズン1)

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グレイズ・アナトミー」のショーランナー、ションダ・ライムズが放つミステリーサスペンス。ヴィオラ・デイヴィス演じる鬼弁護士と部下の学生たちが毎話依頼人からの弁護に奔走するとともに、並行してその彼らが関与した殺人事件がフラッシュフォワード形式で描かれる。その破茶滅茶な展開と過剰なお色気シーンで否応無しに釘付けにする、これぞまさにTVポルノ。そして今作がケーブル局ではなく、ネットワークで放送されたというところに、ネットワーク局の意地を見た気がする。後半のヴィオラ・デイヴィスマーシャ・ゲイ・ハーデンの演技合戦も見もの。

ベストエピソード : ep15 "It's All My Fault"

 

7位「LOVE」(シーズン1)

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ジャド・アパトー製作のNetflixオリジナルドラマ。正反対の性格の2人が惹かれては離れてを繰り返す姿にモヤモヤしながら最終話は涙。本作で主演を務めるポール・ラストとレスリー・アーフィンの実体験を基にしているだけあって、リアルな2人の描写が身につまされて痛い。

ベストエピソード : ep10 "The End of the Beginning"

 

6位「The Inbetweeners」(シーズン1-3)

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イギリスE4チャンネルで放送されたコメディドラマ。バカな高校生4人組が女の子とセックスするために奮闘するいわば「スーパーバッド」ライクな青春モノなのだが、イギリスだけあってその下品さと笑いがかなりブラック。そして何より学生時代の楽しさが目一杯詰まったドラマとして時折胸が熱くなった。UKロックを中心としたサントラもナイス。

ベストエピソード : s1 ep10 "Xmas Party"

 

5位「シリコンバレー」(シーズン3)

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マイク・ジャッジ製作のIT業界を舞台としたコメディドラマ。毎話、毎シーズン絶体絶命の危機を迎える彼ら「パイドパイパー」社が、ようやく軌道に乗り出したシーズン3。最終回では、相変わらず向かう所敵だらけな彼らに待ち受ける最高のドンデン返しが待っておりこれほどまでに完璧なラストがあったのかと感心。コメディとしてももちろん抜群に笑えるのだが、予想外の展開をみせる脚本にはいつも唸らされる。

ベストエピソード : ep10 "The Uptick"

 

4位「ストレンジャーシングス」(シーズン1)

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今年一番話題になったと言っても過言ではないNetflixオリジナルドラマ。溢れんばかりの80年代オマージュと、作品全体に漂うスティーヴン・キングの香り。昔読んでいた「IT」や「キャリー」、「ニードフル・シングス」を、まざまざと思い出して涙。クリエイターは新鋭のダファー兄弟が務めているが、監督として参加したショーン・レヴィが務めた第3話は、単なるミステリードラマとしてでは無く、ファンタジーとしての魅力も最大限に引き出した傑作エピソード。

ベストエピソード : ep3 "Chapter Three: Holly, Jolly"

 

3位「プリーズ・ライク・ミー」(シーズン1-2)

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オーストラリアのコメディドラマ。自身がゲイだと自覚し始めた主人公のジョシュと、精神を病んだ彼の母親の生活が描かれるのだが、大人になりきれない2人の姿が可笑しくて、そしてその健気な姿に泣けてくる。そして、ジョシュと恋人のアーノルドの付かず離れずな関係にやきもき。主人公のジョッシュを演じるとともに、本作のクリエイターを務めるのは、オーストラリアのスタンダップコメディアン、ジョッシュ・トーマス。今作は彼の実体験を基にしたというのが驚き。LGBTドラマというだけで敬遠するのは勿体ない傑作。

ベストエピソード : s2 ep7 "Scroggin"

 

2位「ファーゴ」(シーズン2)

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シーズン1ではコーエン兄弟作品へのオマージュを取り入れ高評価を得たことにより、シーズン2ではその箍が外れ、オマージュを残しながらも今回はオリジナリティを前面に押し出し、その結果シーズン1を越えてしまった。誤解が生み出す暴力と死の連鎖に呆れながらも笑わせるクリエイター、ノア・ホーリーの手腕たるや本当に見事。キルスティン・ダンストも狂気の演技で女優の意地を見せつけた。

ベストエピソード : ep8 "Loplop"

 

1位「トランスペアレント」(シーズン2-3)

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トランスジェンダー父親とその家族を描くAmazonオリジナルドラマ。シーズン2ではナチスから迫害されていた彼らの祖先の姿とともにアイデンティティを巡る物語を壮大に描き、シーズン3では身近な人の死や別れをきっかけに自身と向き合う事になる家族の姿が描かれた。今回特に素晴らしかったのがシーズン2の第9話、女性からも男性からも受け入れられないモーラが、思わず女性のコミュニティを破壊してしまうというシーンがある。それがかつて彼らを迫害をしていたナチスの姿と重なることで、トランスジェンダーLGBT)が決して単なる被害者では無いことを描く。そんな傷だらけの彼らを優しく包み込むのは母親のシェリー。これまで家族から疎まれていた彼女が、シーズン3の最終話で、抱える問題全てを浄化するかの如く「きっとうまくいく」と高らかに歌い上げる姿にテレビの前でスタンディングオベーション。3年目になっても依然この時代を代表するドラマであり続けている。

ベストエピソード :

s2 ep9 "Man on the Land"

s3 ep10 "Exciting and New"

 

去年Netflixに押されてしまったHuluが、今年HBOと独占契約して一気に巻き返し。その一方でAmazonも「Mr.ROBOT」や「ファーゴ」、オリジナルドラマを次々に配信するなどし、結果溢れるほどの作品数にこちらは嬉し泣き状態。今後も3社で刺激し合うことより多くの作品が観られることを期待したい。

プレイリストで振り返る2016年の映画とドラマ

2016年に観た映画とドラマの中で流れて印象的だった曲(僕がプレイリストでヘビロテしていた10曲)とともに、それぞれの作品を振り返りたいと思います。 f:id:delorean88:20161226234311j:image

 

Good Girls / Elle King

 (個人的に)今年一番の重要作の『ゴーストバスターズ』から。エンドロールまで楽しさを詰め込んだ最高のエンタメ映画。劇場が笑いに溢れていたのも良い思い出。

 

Beyond Clueless / Summer Camp


膨大な学園映画をサンプリングして再構築を試みた野心作『ビヨンド・クルーレス』から。歌うのは僕らのサマーキャンプ。明るさだけでなく、どことなく暗さを孕んだ歌声が、「学園」 を描いた作品とマッチしていた。

 

Sarah / Alex G


Netflixドラマ『Flaked』から。コメディ俳優ウィル・アーネットが自ら製作を手掛けた新境地的脱力系ドラマ。作品としてはイマイチかもしれないけど、カリフォルニアの気怠げな雰囲気と、哀愁たっぷりに描かれるダメ男の主人公を観てるとなんだか泣けてくる。デヴィッド・ドゥカヴニーの「カリフォルニケーション」にも通ずる男泣きドラマ。

 

I'll Fight / Wilco


ジャド・アパトー製作ドラマ『LOVE』 の最終話で流れるI'll Fight。お互いの欠点を知りながら、それでももう一度共に生きる事を決めた2人のテーマに涙。

 

Squeeze Me / N.E.R.D.


子供向けとは到底思えない「スポンジボブ」の劇場版第2弾『海のみんなが世界を救Woo!』(邦題もなかなか狂ってる)。まさかのトリップシーン(本当に)で使われてて印象的だったこの曲は、プロデュースがファレル・ウィリアムスだけあってキャッチーで耳に残る一曲。

 

Can't Bring Me Down / Awreeoh


黒人版「スーパーバッド」かと思いきや、シビアな着地の仕方が面白かった『DOPE』から、劇中の架空のバンドAwreeohが歌う一曲。「スポンジボブ」に続いて、今作でも楽曲のプロデュースを手がけたファレル・ウィリアムスは、楽曲だけでなく作品のプロデュースにも関わっている。

 

Trouble Town / Jake Bugg


BBCの刑事ドラマ『Happy Valley』のオープニングテーマ。国営放送とは思えない陰惨なバイオレンス描写とボコボコになりながらも犯人を追い詰める主人公のオバさん婦警に毎回ハラハラしながらも釘付け。

 

Didn´t Leave Nobody But The Baby / Jeff Russo & Noah Hawley


TVシリーズ版『ファーゴ』シーズン2第1話のエンディング曲は、「オー・ブラザー!」でも使用されていた「Didn´t Leave Nobody But The Baby」のカバー曲。歌うのはなんとクリエイターを務めるノア・ホーリー。多才だなぁ。この他にもシーズン2では、コーエン兄弟作品のカバー曲が、随所で使用されていてそれを探すのも楽しかった。

 

Hand In My Pocket / Alanis Morissette


Amazonドラマ『トランスペアレント』シーズン3最終話から。アラニス・モリセットのこの曲を歌うのは、母親役のジュディス・ライト。これまで家族から疎まれてきた母だったが、この最終話で家族の抱える問題全てを包み込んで歌い上げる姿に涙。本当に素晴らしい回だった。

 

Can't Help Falling In Love / Patrick Wilson


今年ナンバーワンのホラー映画『死霊館 エンフィールド事件』。前作を上回る恐怖とともに、家族の愛を描いた本作でエルヴィスの代表曲を歌い上げるパトリック・ウィルソン。こんなに温かいシーンがあるホラー映画がこれまであっただろうか。

 

 

以上です。

というわけで、ドラマ、映画のベスト10はまた後日に。 

 

 

『ブレイキング・バッド』と『逆噴射家族』について~ブレイキング・バッドが影響を受けた日本映画

前回『ブレイキング・バッド』のシーズン2について書いた中で触れた傑作エピソード第10話「Over」と、製作側が(恐らく)影響を受けていると思われる日本映画『逆噴射家族』ついて書きたいと思います。以下ネタバレあり。

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第9話「4 Days Out」のラストで、ウォルターは、医師から余命半年と言われていた末期ガンが、縮小していると知らされる。喜ぶ妻に対し、呆然とするウォルターは、トイレに篭り、ハンドペーパーの容器をボコボコに殴る。そこにはガンを克服した「喜び」ではなく、明らかに「怒り」が描かれていた。

そして続く第10話「Over」では、その後のウォルターの様子が描かれる。彼は相棒のジェシーにドラッグビジネスから手を引く事を告げる。「ガンを宣告されて、なぜ?と思ったが、克服したと言われても同じく、なぜ?と思った。」そう家族に告白するウォルターの言葉が全てを現している。それは「麻薬精製」のきっかけ(言い訳)を失ってしまった事による喪失感である。そして、それは男としてのプライドを失ってしまったことを意味している。息子や、息子が父の自分より慕っている甥に対し怒りを露わにしたのもその理由からだ。そんな中、家で過ごす間ふと床下の腐食を見つけたウォルターは、家の工事に没頭し始める。

 

この回を観て思ったのが、1984年に石井聰亙が監督した日本映画『逆噴射家族』である。小林克也演じる父 勝国が念願のマイホームを手に入れるが、祖父が越してきたことから徐々に家族間に亀裂が生まれ、最終的には家族間での戦争にまで発展してしまうという驚愕のコメディ?映画なのだが、そこで描かれている父親と家の関係性、そしてその狂気に両作とも通じるところがある。

「Over」でのウォルター同様に、家の床下で白アリを見つけてしまった勝国は、「家を守らなくては」と仕事も休み、取り憑かれたように害虫駆除に励むシーンがある。彼らに共通して言えるのは、「家」が彼ら自身の心理状態を表しているということである。「家」は、家族を守る父、男としてのプライドそのもので、そこに生じた「歪み」を彼らは必死に修復しようとする。

また、狂気の発端となる重要なシーンも両作似ており、『逆噴射家族』では、会社を無断欠勤した事を上司に叱責されデスクに座る勝国が、突然思い立ったかのように会社を出ていくシーンがある。「Over」でも工具店のレジに並ぶウォルターが、突然レジを抜け出し、密売人と思われるジャンキーの元に向かう。(後ろでパソコンの音とレジの音という電子音が鳴る点まで類似している)

その他にも『ブレイキング・バッド』の他のエピソードと『逆噴射家族』の共通点が多く見受けられる。シーズン3第10話「Fly」は、ラボに迷い込んだ一匹の蝿を追い回すウォルターとジェシーを描いただけの密室エピソード(本国ではBottle Episodeと呼ばれる)だが、たった一匹の蝿に執念を燃やすウォルターは、退治したはずの白アリがまだいると思い込んで床下を掘り続ける勝国を連想させる。シーズン4第11話「Crawl Space」(これも床下が重要なキーとなっているエピソード)では、妻からある事実を知り床下でウォルターが発狂するという名シーンがあるが、『逆噴射家族』でも床下で呆然と仰向けに横たわる勝国を真上から捉えたカメラが徐々に引いていくという同じアングルのカットが存在する。

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また、夫の狂気に絶えられなくなった妻と夫のやり取りは、ドラマ史上屈指の名作「Ozymandias」(シーズン5第14話)での会話にも通じる。(「Ozymandias」も「Fly」も脚本は「Over」のモイラ・ウォーリー・ベケットだったりするのも偶然では無い気がする)

以上の理由から、『ブレイキング・バッド』は『逆噴射家族』に影響を受けている(はず)だと考えている。もしショーランナーのヴィンス・ギリガンに会う機会があれば是非聞いてみたいところである。